歴史

2024年7月 8日 (月)

「伊賀のたからもの100選」リーフレット

 平成12(2000)年度に伊賀びとのおもい実行委員会(事務局:三重県伊賀県民局企画調整部(現 伊賀地域防災総合事務所))が選定した「伊賀のたからもの100選」のリーフレットを見つけたので、参考としてアップロードしておきます。

 この100選は、408人による1,289点の応募の中から選ばれたもので、現在の伊賀市、名張市、そして一部三重県外(月ヶ瀬梅渓、曽爾高原)のたからものが掲げられていることから、フォトジェニックな画像や動画を撮影する参考になるのではないかと思います。

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2024年5月 7日 (火)

ケーブルテレビで紹介された「幻の大仏鉄道」

 関西のケーブルテレビ会社(伊賀上野ケーブルテレビ、名張青山のアドバンスコープ、津を中心とするZTVも含まれる)によるリレー番組「歴史街道」で、今(2024.5.1~5.15)大仏鉄道が取り上げられています。

 この大仏鉄道は、明治時代にJR関西本線の前身である関西(かんせい)鉄道株式会社が現在の京都府木津川市加茂町と奈良市との間に敷設した9.9kmの路線で、9年で営業を終えたことから、「幻の大仏鉄道」と呼ばれています。加茂から奈良へ向かうとき、かなりの登り勾配であったらしく、パワーのあるイギリス製蒸気機関車でも登りきれないときがあり、乗客みんなで後ろから客車を押して動かしたというエピソードが番組内で紹介されていました。

 番組では、このほか大仏鉄道に関わる遺構が紹介されていますが、それぞれの場所などより詳しくは次の「幻の大仏鉄道 遺構巡りマップ」に掲載されているので、機会を見つけてJR関西本線で加茂駅へ行き、そこを起点として部分的にでも歩いてみたいなと思っています。

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2024年2月 7日 (水)

上野城の石垣(伊賀市上野丸之内)

 先日(2024.1.28)、上野城の堀の横を歩いていたら、同城石垣がよく見えるように草木が伐採されていたので、撮影してみました。遮るものがないと、より迫力を感じます。

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2023年6月15日 (木)

名張を訪れたイザベラ・バード

 イザベラ・バード Isabella Birdは、19世紀における大英帝国の女性旅行家で、明治11年(1878年)に東京から北海道まで旅行した記録である「日本奥地紀行」の著者で知られています。

 そのイザベラ・バードなど名張を訪れた10名の人物を紹介する企画展が、名張市郷土資料館(名張市安部田2270、旧錦生小学校跡)で開催されているとの新聞記事を見たので、行ってきました。

 大海人皇子、大来皇女(おおくのひめみこ)といった名張に関係の深い古代の人物は夏見廃寺跡・夏見廃寺展示館でも取り上げられよく知られていますが、イザベラ・バードと名張との関係は初耳です。

 イザベラ・バードの名張に関する記述は『イザベラ・バードの日本紀行(下)』の中にあり、

「道は木津川の川筋をたどっており、名張というかなり大きな町で橋を通って川を渡りますが、この橋は厚板でできていて、この地方の橋の多くがそうであるように、石を詰めた直径八フィート[約二・ 四メートル]の竹籠で支えてあります。途中、雨で湿った森に朽ちつつある木を列にして岩に立てかけたものがあり、調べたところそれは大和地方と伊勢地方の名産として有名なきのこの栽培とわかりました。きのこはどこでも食材となっています。」

などと記されています。これに続く「茶色の液体に浸したあの茶色のぞっとする煮物」という表現からすると、イザベラ・バードさんは、きのこがあまり好みではなかったのかもしれません。

 この企画展は2023717日(月・祝)まで開催とのことですので、関心のある方は訪れてみてはいかがでしょう。

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【イザベラ・バード Isabella Bird ↓】

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2023年3月 8日 (水)

戀志谷神社(京都府南山城村)のPRポスター

 このポスターは、上野市駅の待合室に掲出されていたもの。

 戀志谷(こいしだに)神社は、昔から子授け、安産、女性の病などの守り神として信仰されているところで、2023312日(日)に実施されるウォーキングイベント「春の訪れ~宇治茶の主産地 南山城村の歴史とお茶を巡る・感じる~」でも、目的地のひとつになっています。

 ご利益があるのは女性という感じですが、この神社の手前の恋路橋付近からJR関西本線気動車の写真を撮るのと合わせて、そのうち行ってみようかなと思っています。

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2021年12月30日 (木)

名張の「ききょうがおか」

 名張市にある「ききょうがおか」と言えば、昭和30年代後半から近鉄により開発が進められた「桔梗が丘」住宅団地がまず思い浮かびます。近鉄大阪線の駅名も「桔梗が丘」ですし、ここに実家がある平井堅さんが作詞作曲した名曲も「桔梗が丘」となっています。

 ところが、先日、藤堂高虎に関する講演を聴いた際、名張市にもうひとつの「ききょうがおか」があるとの説明がありました。今、名張藤堂家邸跡となっているあたりの高台が元々「ききょうがおか」と呼ばれていたというのです。名張藤堂家の家紋が桔梗であることに由来する地名であるようです。

 こうした背景があるために、「ききょうがおか」住宅団地の命名時に異議を唱える名張市民が出てきて、名張藤堂家邸跡あたりを「桔梗丘」、住宅団地名を「桔梗丘」と区別し、決着を見たということです。

 このあたりのことは、伊賀路の歴史地理に関する研究をまとめた「秘蔵の国」という書籍にも記載されています。

 普段何気なく使っている地名も曲折を経て決定されているのだなと、感慨深いものがありました。

【桔梗紋(名張藤堂家家紋)↓】

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2017年4月28日 (金)

観阿弥・世阿弥は楠木正成の血族

  20163月から産経新聞で連載中の「楠木正成考」。

 

 昨日(2017.4.27)の記事では、楠木正成と伊賀が誇る能の大成者 観阿弥・世阿弥との関係が取り上げられていました。

 

 神戸市中央区にある湊川神社神能殿と呼ばれる能楽堂に、次の系図が掲げられているということです。

 

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 この系図について記事では「正成には妹がおり、伊賀の服部家に嫁いで能の始祖・観阿弥を産んだことを示すものだ。観阿弥は服部家に連なる永富家から嫁をもらい、世阿弥、そして観世流へとつながる家系となった。永富家は現在のゼネコン『鹿島(かじま)』の創業家へとつながる。」とし、「神能殿で紹介されている系譜は、観阿弥の父方の実家、伊賀の上嶋家の古文書から発見された『観世福田系図』と、兵庫県揖保川町(現たつの市)の豪農、永富家の古文書で裏付けられた。」という解説が付記されています。

 

こうした関係を受けて、永富家の後裔である故 鹿島守之助氏(元 鹿島建設会長)のご遺志により伊賀市守田町に世阿弥公園が整備され、世阿弥の母の像が設置されているのは、ごく自然なことと改めて認識しました。

 

【↓世阿弥の母像、世阿弥公園、伊賀市長の石碑(いずれも平成219月撮影)】

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【↓世阿弥公園の遠景(平成27年4月撮影)】

 

 ゲートボール場が整備されているようです。

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世阿弥公園の位置(伊賀市守田町)

 

一部の学者には、この楠木正成、観阿弥・世阿弥、永富家が連なる系譜に対する懐疑論がありますが、以前のブログに書いたように、権威主義的な学説よりも民間伝承を大切にする梅原猛さんに「うつぼ舟II 観阿弥と正成」という書物で強力な応援をいただいていることもあり、今後もこの記事の内容が広まっていくことを期待したいと思います。

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