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2017年9月 8日 (金)

「説明責任」への違和感

 近頃、議員さんの不祥事が多くて、そのたびに「説明責任」を果たせという声が上がってきます。もちろん聞く人がよくわかるようにきちんと説明していただくことは重要なことなのですが、「説明責任」というのは英語のアカウンタビリティaccountabilityの訳語であるので、とても違和感があります。

 

というのは、私の理解ではアカウンタビリティというのは単に記者会見などで説明して理解を求めればよいというものではなく、アウトカムoutcomeの目標を達成する責任と捉えているからです。

 

たとえば、「失業率を〇%以下にする」とか、「物価上昇率〇%を△年以内に達成する」といった国民や住民にとって重要な数値目標であるアウトカムを達成することがアカウンタビリティを果たすことであって、言葉で上面の説明をすれば終わりというのはアカウンタビリティではないと考えます。

 

 そのような意味で、議員さんに説明を尽くすよう求めるという意味合いのときは、アカウンタビリティの訳語である「説明責任」という特別な言葉を安易に使うのでなく、「聞き手が理解できるように丁寧に説明する」というふうに普通の表現にしてもらえればいいなと思います。
 

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