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2010年7月31日 (土)

感動の物語

 かつてディズニーランドにまつわる心温まる話をお聞きして感動を覚えたものですが、次の「日本橋高島屋」のエピソードは実話であるだけに、特に胸を打つものがありましたので、紹介したいと思います。


「1粒のブドウの心」 白血病少女に一口と規則破って店員バラ売り -高島屋指針に
   (毎日新聞 大阪夕刊 1991年3月23日)

 命短いわが子を思う親心と店員の思いやりが、約二万六千人のグループ社員の行動指針として、時を超えて生き続けることになった。この百貨店は高島屋(本社・大阪市)。ブドウの父娘は千葉県市川市、会社員、伊藤博さん(34才)と長女かほりちゃんで、かほりちゃんは1987年12月、白血病で東京都中央区の聖路加国際病院に入院。入退院を繰り返しながら1989年5月17日、5歳6カ月の生涯を終えた。

 亡くなる1カ月前のこと、入院中のかほりちゃんが好物のブドウを欲しがった。季節はずれだから、近くの八百屋さんでは売っていない。「日本橋(東京)の高島屋まで行ったら、桐の箱に入った巨峰で、何万円もするんです。娘は食べても5、6粒。あきらめようと思いましたが、一応、わけを話してみたら売り場の人が親切な方で-」 店では、箱のものはバラ売りしないという取り決めがあった。しかし、伊藤さんの話を聞いた女性店員は20粒ほどを量って、二千円で売ってくれた。

 感激した伊藤さんは、この話を主治医の細谷亮太さん(43才)に話した。たまたま細谷さんは当時、毎日新聞家庭面(東京本社発行版)で「パパの歳児記」と題した週1回のコラムを担当しており、同年5月4日付のコラムに「苦痛を軽くして良い時間をのばしてあげる方針で、彼女も家族も私たちもがんばっています。(中略)。気がついておられないかもしれませんが、私たちに神様と同じくらいの力を貸してくれたフルーツ売り場の人に、心からお礼を言いたいなと思います」と書いた。

 一方、高島屋は昨年から創業百六十周年を機に、新たに企業行動の指針としての経営理念を策定することにし、この話が話題になった。日高啓社長は「理念とはもっと一般化すべきものだと、ブドウの話を入れることに反対の意見もあったが、この心をどうしてもわかってほしくて盛り込むよう指示した」という。そうした経緯で「いつも人から」という、細谷さんのコラムを転載した小冊子が作られ、グループ全社員に配布された。伊藤さんは「周囲の人の温かい励ましに支えられてきた。こんな心を持った店員さんのいることを知ってもらえればうれしい」と話している。
 

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