文化・芸術

2017年9月23日 (土)

9月30日 上野城薪能開催

 毎年この時期に開催されている上野城薪能(たきぎのう)。今年(2017年)は 9月30日(土)午後6時から上野城本丸広場で開催されます。
 
 以前、観阿弥・世阿弥は楠木正成の血族で取り上げたように、伊賀上野は この二人の偉大な能大成者の故郷ですので、それに相応しい行事だと思います。
 
 能に関心のある方には、ぜひ幽玄の世界を味わいにお越しいただきたいものです。
 
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2017年7月29日 (土)

三重県総合博物館で「のりもの」企画展など開催

 三重県津市にある三重県総合博物館(MieMuみえむ)では、昨年 お台場の日本科学未来館に続いて開催された「The NINJA~忍者ってナンジャ!?~」という忍者の企画展が注目を集めましたが、今年は のりものがテーマの企画展「みんなの のりもの大集合」が特長的です。開催期間は2017918日(月・祝)までとなっています。

 

 チラシには、日曜日や祝日などに伊賀線ジオラマの運行もあると記載されているので、このリアルに製作された上野市駅などを見てみたいなと思います。

 

 また、917日(日)には、三重県内の鉄道を集めたイベント「こんなにあるんだ みえの鉄道展」が開催されるとのことですので、鉄道に関心のある方は訪れてみられてはいかがでしょう。

 

【みんなの のりもの大集合 チラシ↓】

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 【伊賀線ジオラマ(イメージ)】

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【こんなにあるんだ みえの鉄道展 チラシ↓】

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 このチラシにも掲載されているJR西日本のカモノハシのキャラクター「イコちゃん」が、私の好みです。
 

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2017年5月28日 (日)

奈良国立博物館の特別展「快慶」

 ようやく今日(2017.5.28この特別展に行ってきました。6月4日(日)が最終日です。

私の目的は、もちろん新大仏寺(伊賀市富永)の重要文化財 如来坐像(大仏様)

 

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三尺前後(90cm)の仏像が多く出陳される中で、高さが3m近くもあるこの坐像は ひときわ輝きを放っていて、感動しました。

新大仏寺に安置されているときとは また異なる重厚さが感じられて、とてもよかったです。

この特別展には、三重県から他に 菰野町にあるパラミタミュージアムから長快作の十一面観音立像が出陳されています。

 

このあと別棟の「なら仏像館」も訪れてみました。

そこで、以前 見たことがある仏像が展示されているなと思って確認したところ、伊賀市下友生(しもともの)にある見徳寺(けんとくじ)の木造薬師如来坐像であると判明。伊賀市では適切に収蔵できるところがなくて、一時 四日市市立博物館に預かってもらっていたと記憶していますが、奈良国立博物館に寄託されたのであれば安心です。

 

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今回 伊賀の貴重な二軀(く)の仏像を拝観でき、同博物館へ行った価値がありました。

 

【特別展「快慶」チラシ↓】

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【奈良国立博物館リーフレット↓】

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【なら仏像館チラシ↓】

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【なら仏像館 西側全景↓】

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2017年4月28日 (金)

観阿弥・世阿弥は楠木正成の血族

  20163月から産経新聞で連載中の「楠木正成考」。

 

 昨日(2017.4.27)の記事では、楠木正成と伊賀が誇る能の大成者 観阿弥・世阿弥との関係が取り上げられていました。

 

 神戸市中央区にある湊川神社神能殿と呼ばれる能楽堂に、次の系図が掲げられているということです。

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 この系図について記事では「正成には妹がおり、伊賀の服部家に嫁いで能の始祖・観阿弥を産んだことを示すものだ。観阿弥は服部家に連なる永富家から嫁をもらい、世阿弥、そして観世流へとつながる家系となった。永富家は現在のゼネコン『鹿島(かじま)』の創業家へとつながる。」とし、「神能殿で紹介されている系譜は、観阿弥の父方の実家、伊賀の上嶋家の古文書から発見された『観世福田系図』と、兵庫県揖保川町(現たつの市)の豪農、永富家の古文書で裏付けられた。」という解説が付記されています。

 

こうした関係を受けて、永富家の後裔である故 鹿島守之助氏(元 鹿島建設会長)のご遺志により伊賀市守田町に世阿弥公園が整備され、世阿弥の母の像が設置されているのは、ごく自然なことと改めて認識しました。

 

【↓世阿弥の母像、世阿弥公園、伊賀市長の石碑(いずれも平成219月撮影)】

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【↓世阿弥公園の遠景(平成27年4月撮影)】

   ゲートボール場が整備されているようです。

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世阿弥公園の位置(伊賀市守田町)

 

一部の学者には、この楠木正成、観阿弥・世阿弥、永富家が連なる系譜に対する懐疑論がありますが、以前のブログに書いたように、権威主義的な学説よりも民間伝承を大切にする梅原猛さんに「うつぼ舟II 観阿弥と正成」という書物で強力な応援をいただいていることもあり、今後もこの記事の内容が広まっていくことを期待したいと思います。

 

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2017年4月11日 (火)

日経新聞に掲載された元永定正氏の作品

 伊賀市出身の元永定正氏は、多くの素晴らしい作品を残されています。

 そのひとつが先日(2017.4.9)の日経新聞に掲載されました。

 三重県立美術館が所蔵する「作品 Funny 79」という1967年に制作されたもの。

 とても味のある抽象画で、ほのぼのとした感じが滲み出ているように思います。

 

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2017年4月 2日 (日)

JCBカード テレビCM「さまざまのこと思ひ出す桜かな」

 嵐の二宮和也さんが先生役のJCBカード テレビCMで板書されている この松尾芭蕉の句は、芭蕉生家(伊賀市上野赤坂町)近くの八景亭という下屋敷で詠まれたもので、その跡は、この句にちなんで今は「さまざま園」と呼ばれています。伊賀市上野玄蕃町にあり、伊賀市指定史跡となっていますが、残念ながら私邸のため、公開されておりません。

 

【上野市の文化財(昭和523月)での「さまざま園」紹介内容↓】

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 伊賀上野の小中学校では、授業でこの句が取り上げられることも多く、伊賀市民には とても親しみ深いものとなっています。

 

小学館 松尾芭蕉集①による評解は次のとおりです。

 

「さまざまの事おもひ出す桜かな 桃青」

 旧主の別邸に招かれて、庭前に咲きほこる桜の花を見るにつけ、在りし日のさまざまのことが思い出されて、感慨無量である。一般に、思い出は現実性を捨象すればするほど美しくなる。ことに二十余年という長い歳月の流れに洗われた思い出には、純度の高い幻想のみが持つ透きとおるような美しさがある。いまを盛りの花桜を眼前にして、芭蕉が見ているものは、たぐればかれこれの境もなく、またあとさきの序(ついで)もなく、浮び出るこれらの思い出のみである。「さまざまの事思ひ出す」というのは、一見あまりにも稚拙な言葉のように見えて、実は上のような興趣を最も正確に伝える粉骨の措辞(そじ)であるといえよう。季語は「桜」で春。

 

※「桃青(とうせい)」は芭蕉の俳号。伊賀市では「桃青中学校」は廃校となりましたが、「伊賀市立桃青の丘幼稚園」にその名が残っています。

 

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2017年3月28日 (火)

新大仏寺の重要文化財 如来坐像が、奈良国立博物館へ出張

 伊賀市富永(旧 大山田村)にある新大仏寺の本尊で、重要文化財に指定されている如来坐像(仏師 快慶作の毘留遮那仏びるしゃなぶつ(大仏様))が、奈良国立博物館で開催される特別展に出張されることになりました。出陳品一覧

 

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 文化遺産データベースでは、この坐像について次の解説文が掲載されています。

「俊乗坊重源が、建仁年間(一二〇一~三)に開いた伊賀新別所(新大仏寺の前身)には快慶作の丈六の阿弥陀三尊立像が安置されていたことが知られているが、この像は、江戸初期に損壊して中尊の頭部と石の台のみを残すだけであったところ、享保年間(一七一六~三五)、京仏師祐慶がこれらを生かして現在のように再興したという。その頭部は正に創建時のもので、鎌倉時代快慶最盛時の作風と巧緻な技倆が明瞭に看取され、また内部には、「大和尚南無阿弥陀仏」(重源)、「大仏師安阿□□」(快慶)の名が記されている。基壇もその表面に浮彫された図様に中国宋様石刻の顕著な影響をみることができ、唐本によるという本像創建時の姿を偲ばせる重要な遺構である。」

 

 先日の伊賀上野ケーブルテレビのニュースで見ましたが、高さが3m近くもある坐像ですから、搬出作業は大変だったようです。

 

特別展 快慶 日本人を魅了した仏のかたち

会期:平成2948日(土)~平成2964日(日)

会場:奈良国立博物館 東新館・西新館(奈良市登大路町50番地)

交通アクセス

 

 上記の解説文にも見られるように、16355月に山崩れで寺が埋没し、発掘された像の首のみが安置されている時期に松尾芭蕉が訪れたようで、そのときの情景が詠まれたのが次の句です。(詠年:貞享5年(1688年))

 この句を念頭に拝観させていただくと、よりこの坐像のもつ重みを感じることができると思います。

 

「丈六(ぢゃうろく)にかげろふ高し石の上」

(小学館 松尾芭蕉集①による評解)

 春愁(しゅんしゅう)さえ もよおす晩春の一日、新大仏寺の跡を訪ねてみた。ものみな昔に変る廃墟の中、わずかに残る石台の上に、いたずらに高く陽炎(かげろう)が燃え立っている。思えば このまぼろしに似た陽炎のみが、在りし日の丈六の尊像の俤(おもかげ)をしのぶ よすがなのである。「枯芝や やゝかげろふの一二寸」に徴しても明らかなように、「陽炎高し」には晩春の余情がある。つまり「陽炎高し」は、四時(一日の四つの時)の移り変りと、人の世の栄枯盛衰とを、合せて象徴しているのであり、そのことにより、一句の詩情は、造化(宇宙)の運行の中における人間の運命に対する詠嘆にまで高めているとみられる。季語は「かげろふ」で春。

 

※丈六:仏像の背丈の一基準。仏は身長が16 ( 4.85m) あるといわれることから仏像も丈六を基準とし,その5倍,10倍,また2分の1などに造像された。坐像の場合の丈六像は半分の約8 (2.43m) ,半丈六像は約8尺の立像。

 

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2017年2月20日 (月)

芭蕉は近江商人の恩人

 俳聖 松尾芭蕉は、1644年に三重県伊賀市で生まれ、1694年に大坂で死去、大津の義仲寺に葬られたということで、弟子も多い滋賀県との関係は深いものがあります。(ちなみに、伊賀市では「芭蕉さん」と「さん」付けで呼ぶのが普通で、人々が敬う度合いが表われています)

 

そうした関係性もあって、2017218日号の週刊 東洋経済では、作家の童門冬二さんによる「芭蕉はなぜ近江商人の恩人なのか」という記事が掲載されていました。

 

勝海舟『氷川清話』がこのタイトルの原点のようで、ここには「(近江商人である)塚本という男のいうには、いわゆる近江商人なるものは、じつにその芭蕉の教導訓示によりてできたものだそうな。※1」と書かれています。

1『氷川清話』には勝部真長 編と江藤淳・松浦玲 編があって、上記は勝部真長編のものです。

 

しがぎん(滋賀銀行)経済文化センター発行の「/2014年春号・近江の文学風景によると、近江商人である塚本定次が勝海舟に対し芭蕉が説く「不易流行(ふえきりゅうこう)※2」が商売の極意でもあるとの思いを伝えたため、『氷川清話』での上記の表現につながったのではないかとの推定がなされています。

2不易流行(ふえきりゅうこう)――「不変のことを知らなければ基礎が確立せず、新しい風を取り入れなければ進展はない、そしてこの両者の根本はひとつである」

 

一方、童門さんは「不易流行」という理念よりも もっと現実的で、芭蕉の旅は歌枕探求の旅であると同時に、マーケティングの旅でもあったからだとされています。つまり、意図していたかどうかはわからないが、芭蕉は旅先でどのような品物に対するニーズがあるかを十分把握しているので、その情報が近江商人に伝えられ商売に生かされた。このことをもって、「芭蕉は近江商人の恩人」と言えるのではないかということです。

 

私は『氷川清話』になぜ芭蕉と近江商人の関係が記述されているのか疑問に思っていたのですが、このような童門さんの解釈を読んで、納得することができました。

 

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2016年10月 8日 (土)

映画「君の名は。」にちなむ伊賀くみひも制作体験が人気

 映画「君の名は。」は、103日までの興行39日間で観客動員1,000万人、興行収入130億円突破という大ヒットになっています。

 

 この映画に関して、今日(2016.10.8)の中日新聞三重版で、主人公がくみひもを丸台で組むシーンがあるのを受けて、伊賀市四十九町にある伊賀くみひもセンター 組匠(くみ)の里(平成29年4月1日から伊賀伝統伝承館 伊賀くみひも 組匠の里として場所も移転して再開しています)で くみひもの制作体験(料金:税込1,100円)をする人が急増していることが取り上げられていました。

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 【丸台とはこんなもの】

 

 国指定の伝統工芸品である伊賀くみひもは、従来からの着物の帯締めだけでなく、ストラップ、ネクタイ、マフラーなど様々な用途の商品が生み出されていて、アートアクアリウムでも金魚の水槽の装飾に使われました。

 

 この映画を見た方は、映画の中で恋心を抱く二人をくみひものブレスレットがつなぐというエピソードにちなんで、ブレスレットの自作体験をされているようですが、こうした新しい形で伝統工芸品が注目されるのは、とても嬉しいことです。

  

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2016年8月24日 (水)

アートアクアリウムでも使われていた伊賀くみひも

 伊賀地域には、国指定の伝統的工芸品として、伊賀焼五島美術館所蔵の破袋 などが有名)と伊賀くみひもがあります。

この伊賀くみひもが、次の写真にあるように、東京日本橋で開催されている金魚のイベント・アートアクアリウム の装飾で使われていました。手毬リウムと名付けられた金魚の鉢とよくマッチしています。

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 本来は、和服の帯締めなどが中心なのですが、この頃は伊勢志摩サミットの記念品として配付されたサミットバッグの取手部分に取り付けられたり、ストラップ、アクセサリー、ネクタイ、マフラーなどいろいろな商品の素材に活用されたりしています。

伊賀市四十九町にある伊賀くみひもセンター組匠の里(※平成2941日、伊賀くみひも 組匠(くみ)の里として伊賀市上野丸之内に移転オープン)では、くみひもでキーホルダーやブレスレットを自作する体験もできます。

伊賀くみひもの超高級ネクタイは、特注で価格は数万円以上はするだろうと聞いたことがあるので、購入は容易ではないですが、肌触りもよく素晴らしいものですよ。

 私は職場の名札を首からぶら下げる紐に使っていまして、これからも従来の思考に縛られることなく、様々な分野で活用されるといいなと思っています。

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