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2017年7月16日 (日)

プロ野球 阪急ブレーブスのこと

 私は村山バッキーの時代から50年以上も野球は阪神タイガースのファンなのですが、先日亡くなられた阪急ブレーブス 上田利治監督のことが日経新聞(2017.7.13付け)の逆風順風というコラムで取り上げられていたのを読んで、阪急がとても強かった時代を思い出しました。

 

 このコラムでは、1971年の巨人との日本シリーズ3戦(後楽園球場)9回裏に焦点が当てられていて、この場面は私もはっきり憶えていますが、阪急のエース 下手投げの山田がツーアウト13塁から王に逆転サヨナラ3ランを打たれた試合です。

 このとき上田さんは阪急のコーチ(監督は西本幸雄氏)で、王のホームランよりも その前の長嶋にゴロでセンタ―前に打たれたヒットを悔いていたということです。というのは、長嶋のゴロのヒットは78割が二遊間で、ショートの守備位置は二遊間寄りに守る手はずになっていたのに、直前の3塁線のファウルに引きずられてショートが二遊間に寄り切れず、長嶋のゴロをヒットにしてしまったからです。

 あと一歩 二遊間に寄るよう指示できなかったことを35年後にも悔いている、その上田さんの執念が目に浮かぶように記されたコラムでした。

 

 こうした苦い経験も糧にして、その後 阪急は黄金時代を迎えたわけですが、数々の名勝負の中でも私が最も記憶に残っているのは、上田さんが監督をしていた1977年の日本シリーズ、阪急の21敗で迎えた第4戦(後楽園球場)9回表の阪急の攻撃です。巨人が21とリードし、既にツーアウト。

 この試合は もはやこれまでかと思っていたときに、鉄仮面といわれた代打・藤井が たしか1球も振ることなくフォアボール。そして、その代走・簑田(みのだ)が代打・高井のときに すかさず2塁へ盗塁。ここで高井が期待に応えて みごとなレフト前ヒット。当たりが良すぎて簑田の本塁への突入は微妙と思われたが、巨人のサード高田が中継したキャッチャーへのボールをかいくぐって生還し、同点。その後ピッチャー山田もセンターオーバーの二塁打を放って逆転し、52で阪急が勝つ素晴らしいゲームでした。

 このシリーズは4戦目の勢いもあってか、結局41敗で阪急が日本一に。3年連続という偉業を成し遂げたのです。

 

 これらの記憶を語り継いでいくためにも、阪急からバトンを受けたオリックス・バファローズには、ぜひがんばってほしいものです。

 

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